ambitious blue
珍しく早くジャージに着替え終えたリョーマはクラブハウスから出ると、ひとつ大きく伸びをした。
抜けるように青い空。その瑠璃色が眩しい。
今日の練習もきっと暑いだろうな、と考えながら空を見上げ、帽子をかぶろうとしたその手が止まる。
“・・・え?”
視界の端に映った校舎の屋上のフェンス。そしてそのフェンスの上に腰掛けている人影。
白いカッターシャツ。黒い学生ズボン。そして遠目にもはっきりとわかる明るい茶色の髪。
見間違いではないかと目を凝らすが、それはどうみても先輩である不二の姿だ。
“あの人、何であんなとこにいるんだ・・・?”
リョーマはしばしぽかんとその姿を見上げていたが、はっと我に返ると慌てて校舎へと引き返し、屋上へ続く階段を駆け上り始めた。
屋上に続くドアを開けて辺りを見回せばそこには誰もいなかった。正確に言えば、屋上の床部分には。
・・・先ほど見た時と同じようにフェンスに腰掛けたまま不二はいた。
その首をまっすぐ伸ばしたまま空を見上げている。
「・・・先輩?」
「・・・あれ、越前。」
声をかければ、その視線を自分へと落とした後、軽く目を見開きにっこりと不二は微笑んだ。
「もう着替えたの?今日はずいぶん早いんじゃない?」
「んな事はどうでもいいっすよ。・・・それより何でそんなとこにいるんすか?」
自分のいる場所もわきまえず、のんびりした調子で自分に話しかけてくる不二にリョーマは眉を寄せる。
不二の腰掛けるフェンスは自分の背丈の倍近くの高さがあり、フェンスの向こう側には30センチほどの幅の足場以外何もないのだ。
身体はこちらを向いているもののバランスを崩して後ろにひっくり返れば、考えたくもない結果が待っている。
「え?ああ・・・」
しかし、当の本人は至って平然としており、あまつさえにっこりと笑って見せる。
「空がね、近かったから。」
「?」
・・・やっていることと同じく突拍子もないその発言に目をしばたくリョーマ。
そんなリョーマに不二はくすり、と笑うと、再び空に視線を戻しその手を空に向けて伸ばしてみせる。
「ほら、こうすると手が届きそうじゃない??」
真っ白なカッターシャツから続くしなやかな腕。空の青に浮かび上がったその白さが、眩しくリョーマの目を射る。
「・・・小さい頃から青い色・・・空の青って好きでね、この色に憧れて木に登って虫取り網を振り回したりしてたんだよ。」
空に視線を投げかけたまま不二は続ける。
「勿論、今は届かない事なんてわかっているけど、でもやっぱり空が綺麗な日はこうして手を伸ばしたくなるんだ。」
そう言って目を細めそよぐ風に髪を預ける不二は、まるで一枚の絵のように見えて。
目を離せば今にもその青に融けこんでしまいそうな、そんな錯覚を覚える。
「・・・あんたの好きな物ってみんなそんなとんでもない物ばっかなの?」
その言葉に閉じていた目を開き、視線を巡らせば、ドアの入口付近にいた後輩が自分の腰掛けるフェンスの前数メートルのところまできていて。
「あんたに何かあげるにしても一苦労だね?」
冗談とも付かないことを言って自分の前に立ち、その顔をこちらに向ける後輩に不二がくすっと笑う。
「・・・手に収まりきらないものを好きになるのは性分かな?」
「へぇ、偶然っすね。」
「・・・え?」
「オレも同じっすよ。」
そう返してきたリョーマに軽く目を見開けば、そんな自分をまっすぐに見上げる瞳。
「・・・でも、オレはそれを捕まえてみせますけどね?」
見慣れたその不敵ともいえる眼差し。
遥か下にあるのに、その視線は圧倒的な存在感を持って自分に向かってくる。
“そうだね、君なら捕まえられるかもしれないね。”
強い、でも心地よいそれに不二は目を細める。
それこそ太陽の光でも、星のかけらでも・・・
その瞳の奥に、君はひとつの色を持っている。
その色は吸い込まれそうに深くて、燃えるように揺らめく、強くて美しい命そのものの色。
その色を思い、思わず手を伸ばせば、君はちょっと笑ってその両手を僕へ差し伸べる・・・
「・・・受け止められると思ってる?」
「そのつもりだけど。」
差し伸べた手をそのままに、当然のようにそう言うリョーマに不二は目を丸くし、苦笑する。
「僕、君潰すのイヤなんだけど?」
「・・・いいから来たら?」
からかい交じりの不二の言葉にもこの後輩は動じない。
「堂々とあんたを抱きしめる機会なんてめったにないからね。」
返って生意気にそう言い返すリョーマに不二はやれやれというように笑う。
「そういう所、ホント敵わない・・・」
「だったら、ほら。」
のんびり笑うあなたを促すように少し背伸びしてオレは手を伸ばす。平静を装ってるけれど、早く捕まえたくて。
・・・底がない空にあなたが落ちてしまう前に。
・・・馬鹿だな、とわかってはいるけれど、その誘惑にはどうしても勝てそうになく不二は苦笑する。
「・・・じゃ、遠慮なく・・・」
軽く深呼吸をして不二は、とん、とフェンスを蹴った。今一番自分を引きつけてやまない色へと触れるべく・・・